2013年02月04日

国語の時間とホームルーム。泥猫音楽祭 TERAKOYA!! VOLV

泥陀羅

そもそも昨年の段階で団長自らお誘いをいただいていたのに、
予定が合わずなかなかお伺いできなかったのが、泥猫音楽祭。

今回は夕方5時から10時までの長丁場。本来であれば最初から観覧したかったが、伺えたのは8時半前。
普段ライブMCをしているグラムシュタインがすぐ近くなので、迷わずいけると高をくくったのが運のつき。思い切り通り過ぎてしまうこと2回。困ったものだ。

急いで入場すると、そこは超満員の観客。そそくさと扉を閉め、落ち着いてステージを確認。
そこは、坂本美里さんと、先輩であるあきやまかおるさんの民族音楽ユニット「MISHAORU」の出番。よかった、間に合った。

今日は泥猫ということでお二人とも真っ黒な衣装に身を包んでいらしていた。
肌の白と服の黒のコントラストが美しいなあとひとしきり観惚れつつ、お二人のハーモニーと強い表現に聴き惚れつつ。いつも思うが、このお二人のステージには隙がない。トーク以外。
ひとつの世界をつくるということにおいて、これ程までにバランスの取れた組み合わせはなかなかないのではないのだろうか。

泥猫音楽祭ではそれぞれが先生となり、授業としてそれぞれのパフォーマンスを行っていた。
MISHAORUは国語の先生ということで、あいうえお作文を担当。
坂本さんが「かおるを叱りたい」と言い出したかと思えば、あきやまさんが「団長は段取りが悪い!」とぶっちゃけだす展開。お二人ともきちんとボケて締めるのだが、そのボケが天然と計算で好対照であるあたり、やはり良い組み合わせだなあとしみじみ。そして「でも団長はすごいんですよ」とフォローするあたり、ああ、あきやまさんらしいなとしみじみ。

途中で泥陀羅コラボということで、泥陀羅の「ほろろ」をカバー。
泥陀羅の重厚な泥サウンドが、MISHAORUの手によって哀しくも美しく、凛々しい物語に仕上げられた。セリフの掛け合いは正に声優の本領発揮!坂本さんの優しく艶やかな声と、あきやまさんの凛として活きた声が、聞く者、観る者の世界を広げていた。

最後は「Last Refrain」で締め。やっぱりこの曲が私は一番好きだなあ。
ちなみに一番好きなところは『愛している 愛してない』の掛け合い。あの部分におけるあきやまさんの必死の表情を観るたびに、表現者としてかくありたいと思い、尊敬の念を新たにしているわけで。


休み時間と称された休憩時間では、泥陀羅の新PV「ヴァーミリオン」が流されていた。
これがあの、団長をインフルエンザへと追い込んだ…と観ると感慨深い。
いやそうでなくとも、鬼気迫る迫力の映像美と、泥陀羅渾身の音楽に打ちのめされる。


カウンターでドリンクを注文するとき横にいたメガネのお姉さんから「保健体育はどうでした?」と声をかけられる。残念ながら見られなかった旨を告げると次は見てくださいね!とのこと。果たしてあの方はどなただったんだろうか。


そしてホームルームはもちろん泥陀羅。サポートメンバーとして山本紗由様。紗由様ったら紗由様。
ここからは泥サウンドの極致。ひたすらにまみれるのみ…と思いきや、紗由様の譜面台が壊れた為一旦小休止。申し訳なさそうにとてとてと移動する紗由様もかわいかったが、「MC出来る限りなしで行こうと思ったのに!」とわたわたするフミコウさんが可愛らしかった。それを横目で笑う団長。
しかし、見ていて本当に感じるのは「楽しそうだなあ」という一点。
団長は演奏中常に笑みがこぼれているし、紗由様はふとした瞬間に微笑みとヴァイオリンが重なる。
フミコウさんに至っては笑っていないのに、笑顔が見えるようですらある。
ああ、これが泥陀羅だなあと久々に実感。

泥陀羅コラボはMISHAORUの「未来時計」をカバー。
寂しげで美しい夏のある一日は、泥陀羅によって深く濃密な熱き心象風景へと変化した。団長が楽曲をより迫りくる音で重ね、フミコウさんが強く儚い声でそれを貫く。


フミコウさんの表現は、常々『恐ろしい』と感じていた。
単なる「歌を歌う人」ではない。歌を通して何かを伝えよう、届けようとする力が尋常ではないのだ。
うまく歌うだけなら、練習すればできるかもしれない。気持ちを伝えようとするだけなら、歌でなくてもいいかもしれない。

ただ、彼女にとっては「歌」が「命」で。

だからこそ、多くの人が魅了されるのだろう。

そして、その「命」を輝かせるのが、団長の「曲」であり「声」なのだ。
いわば、フミコウさんの「歌」が蓮であり、その蓮を輝かせる泥が団長の「曲」であり。
泥サウンドとは、つまり、そういうことではないのか?
そう考えると、Lotus=蓮が繰り返し歌われる「JYOTIR」が泥陀羅の代表曲とされるのもなんだかしっくりくる。もちろんこれは、私の妄想だが。

『Lotus Lotus
花を 閉じないまま
枯れずに咲き続け 待っている』

終了後、あきやまさんと坂本さんに挨拶へのそこそこに、泥陀羅の物販へ。
フミコウさんはお会いした瞬間に喜んでいただけたようで、有難い限りだった。
団長はCDを購入して握手を交わし、「やっと来られました!」と一言告げたところでようやく気付いたようだった。「はじめからわかってましたよ!」こんな白々しい嘘は久々だ。


私が初めて触れた「泥陀羅」は、8人の大所帯だった。
あの頃表現されていた音楽と、想いは、きっと何一つ変わっていない。
ただ、今最も新しい「泥陀羅」は、きっとお二人が最も表現したい形になりつつあるのだろう。
まさに「泥陀羅完成形」に近づきつつあるその一端に触れることが出来て、本当によかった。

願わくば、その蓮が、泥とともに美しく咲き続ける様子を、
もうしばらく、間近で見続けられればと、切に願うのである。


posted by 草g健太 at 04:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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